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カテゴリ: 皇室

小室圭さんが秋篠宮邸で150分の問答、別の問題はないか…

NEWSポストセブン 2018年03月15日 07:00
http://blogos.com/article/283861/

小室圭さんが秋篠宮邸を訪問 3週間ぶり
【秋篠宮邸での緊急面会に臨んだ小室さん】YouTube

 東京・元赤坂にある豊川稲荷東京別院は、毎年早咲きの桜が楽しめるスポットとして知られている。3月9日の夜6時半、ふくらみかけた桜のつぼみの脇を1台の白いワンボックスカーが通り過ぎ、隣接する赤坂御用地の中へと入っていった。車に乗っていたのは、小室圭さんだった。

「一体、今日はどのようなお話なんだろうか」

 真一文字に閉じられた小室さんの口から、思わずそんな不安が漏れそうだった。少なくとも、“久しぶりに恋人に会いに行く”という幸せそうな顔ではない。

 次に小室さんが姿を見せたのは、2時間半後の夜9時過ぎ。その時も、車に乗った小室さんは厳しい表情を浮かべていた。

 眞子さまとの結婚延期が発表された2月6日の翌朝にさえ「満面の笑み」を見せた小室さんのその表情は、秋篠宮邸で過ごした時間が彼にとっていかに過酷なものだったかを物語っていた。

「出入りに使用されたのは、宮内庁が手配した車両です。つまり、今回の小室さんの秋篠宮邸訪問が、単にプライベートで恋人の眞子さまに会いに行ったわけではないということです。延期発表以降、小室さんが秋篠宮邸を訪れるのは2月17日以来2度目。前回は1時間半ほどで帰っていますから、滞在時間も大幅に長かった。秋篠宮ご夫妻と小室さんとの間で、150分にも及ぶ深刻な『問答』が行われたようです」(皇室ジャーナリスト)

 翌10日、秋篠宮ご夫妻は、10万人が亡くなったとされる「東京大空襲」から 73年目の慰霊祭へ、さらに11日には、「東日本大震災7周年追悼式」への臨席が予定されていた。

「天皇皇后両陛下も特に心を寄せられてきた『戦争』と『自然災害』にまつわる重要な公務を控えられていました。2つの式典への臨席は、ご夫妻にとって大きな緊張を伴います。本来であれば、それらの大事な務めを終えられたあとに、ゆっくりお時間を取って小室さんに会われてもよかったでしょう。にもかかわらず、その前日に緊急に呼び出されたわけです。これは大変異例のタイミングで、よほどの要件があったとしか考えられません」(前出・皇室ジャーナリスト)

◆小室さんは虚偽の説明をした

 昨年末の『週刊女性』の報道に端を発した小室さんの母・佳代さんと、元婚約者A氏との「400万円金銭トラブル」は、収まるどころかさらに波紋を広げている。宮内庁は延期の理由に「週刊誌報道は関係ない」と強調するが、小室さん側からの辞退という形での「決着」も根強く囁かれている。

 秋篠宮ご夫妻は、延期が決定した際、眞子さまを通じて、小室さんに結婚への2つの条件を提示されたと報じられた。

 1つは「小室さんが転職先と今後の進路をはっきりさせ、経済的に安定すること」だ。

「現在、法律事務所にパラリーガルとして勤務する小室さんは年収250万円ほどだといわれています。この給与水準では、元皇族としてセキュリティーの整った場所で暮らしていくには心許ない。将来の展望を確認する意味でも、小室さんと直に話し合う必要があったんでしょう。新たな仕事を見つけ、しっかりと業務をこなしていくことを考えると、延期した再来年まではそう時間は残されていません」(皇室記者)

 だがそれだけなら“緊急面会”をする理由にはならない。問題はもう1つの条件、「小室家の金銭トラブルを解決すること」だった。

「もともと、金銭トラブルは佳代さんとA氏との間に起きたもので、特に秋篠宮さまは“ご家族のことで、本人のことではないですから”と意に介される様子はなかったといいます。風向きが変わったのは、そのお金が小室さんの大学の入学金や留学費用、アナウンススクールの授業料に充てられていたこと。その時点で、小室さん自身がトラブルの当事者になったわけです」(前出・皇室記者)

 小室さんと佳代さんは、返済を要求するA氏に「贈与だと認識しています」と伝え、金銭を返すことを拒んだ。秋篠宮ご夫妻にも、同様の説明を繰り返したという。

 だが、小室さん側の「言い分」が根底から崩壊する事態が起こる。2月26日発売の『週刊現代』で、佳代さんが東日本大震災直後にA氏に送ったメールが報じられた。

《申し訳ありませんが当分の生活費をお借りしても良いでしょうか》

 そこには、佳代さんがA氏から渡された金銭を「借金」と認識していた動かぬ証拠が残されていた。

「秋篠宮ご夫妻の中で、小室さんへの不信感が高まっていました。小室さんがメールの内容を知っていたかどうかは定かではありませんが、ご夫妻に虚偽の説明をしていたわけですからね。ただでさえ、騒動がここまで大きく発展してしまっている以上、ご夫妻は一刻も早く小室さんからの説明を求められたのではないでしょうか。

 さらに言えば、ご夫妻が“小室さんや家族は、まだ発覚していないまた別の問題を抱えているのではないか”と思い至るのも当然でしょう。重要な公務を控えた前日に取られた小室さんとの150分間は、“洗いざらいすべてを話してください”という問答だったようです」(宮内庁関係者)

※女性セブン2018年3月29日・4月5日号

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小室さん母が秋篠宮家へ“トラブル”話す?

2018年2月7日 10時21分 日テレNEWS24
http://news.livedoor.com/article/detail/14267103/

小室さん母が秋篠宮家へ“トラブル”話す?
小室さん母が秋篠宮家へ“トラブル”話す?

眞子さまと小室圭さんの婚約関連行事、再来年に延期へ

6日、秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんの結婚の延期が発表されたが、小室さんの母親(小室佳代さん)が去年12月以降に数回、秋篠宮家を訪れていたことが分かった。

7日朝、自宅を出た小室圭さんは、記者の問いかけに対し、「おはようございます」とだけ述べて一礼し、勤務先へと向かった。

6日、宮内庁は、眞子さまと小室さんの結婚に関わる一連の儀式を再来年に延期すると発表した。一部週刊誌が、小室さんの母親の金銭トラブルを報じたことについては、今回の結婚延期とは関係ないとしている。
一方で、小室さんの母親が、週刊誌の報道があった去年12月と今年、秋篠宮邸を訪れていたことが分かった。秋篠宮ご夫妻と面会し、週刊誌報道についても話したものとみられる。


【関連記事】
眞子さま結婚延期 2人の「お気持ち」文書全文(2018年2月6日 19時54分 テレ朝news )
http://news.livedoor.com/article/detail/14265245/



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皇居で一般参賀、平成最多の約5万人が祝意

12/23(土) 15:12配信 TBS News i
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20171223-00000052-jnn-soci

 天皇陛下が84歳の誕生日を迎えられ、皇居で行われた誕生日を祝う一般参賀には、平成に入って最も多い人が訪れました。

 「晴れ渡った空のもと、誕生日にあたり、皆さんの祝意に深く感謝致します」

皇居で一般参賀、平成最多の約5万人が祝意20171223
一般参賀

 一般参賀は午前中に3回行われ、陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻らとともに笑顔で祝福に応えられました。

 宮内庁によりますと、一般参賀に訪れた人は、記帳に訪れた人も含めて午後2時半時点でおよそ5万人にのぼり、平成に入って最多となりました。

 また、午後1時からは皇居・宮殿で、皇族や安倍総理らが出席して祝いの宴が催されました。祝賀行事は夜まで続きます。

皇居で一般参賀、平成最多の約5万人が祝意20171223 2
祝賀行(23日14:43)

・天皇陛下84歳に 一般参賀に平成で最多の人出(17/12/23)

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天皇陛下 再来年4月30日退位 皇太子さま5月1日即位 固まる

NHK 2017年12月1日 11時16分退位・即位
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171201/k10011242551000.html?utm_int=news_contents_news-main_001&nnw_opt=news-main_a

天皇陛下 再来年4月30日退位 皇太子さま5月1日即位 固まる
皇室会議

天皇陛下の退位をめぐって皇室会議で意見集約がなされ、陛下が再来年(2019年)4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位されることが固まりました。

天皇陛下 再来年4月30日退位 皇太子さま5月1日即位 固まる2
天皇陛下

天皇陛下の退位に向けた特例法がことし6月に公布されたのを受け、政府は退位を遅滞なく実現するため、国民生活への影響や宮中行事、それに政治日程も考慮しながら、退位や元号を改める改元の日程などの検討を進めてきました。
安倍総理大臣は、特例法に基づいて1日、宮内庁で皇室会議を開催し、三権の長である衆参両院の議長や最高裁判所の長官、そして皇族などから意見を聴きました。

その結果、退位の日程について意見集約がなされ、陛下が再来年(2019年)4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位されることが固まりました。
退位の日程が4月末となったのは、再来年の春には4年に1度の統一地方選挙が予定されているほか、新年度予算案の国会審議も行われていることなどを考慮し、「静かな環境」で平穏無事に一連の儀式などを終えるためにはこうした時期を避けることが望ましいという政府側の考えを踏まえたものと見られます。

また4月29日は昭和天皇の誕生日の「昭和の日」であることから、4月30日退位、翌5月1日即位という日程になれば、皇室に関係する記念日が3日続くことになるため、国民が皇室に思いを致すうえでも適切だという判断もあったもようです。

政府は来週8日にも陛下の退位の日となる特例法の施行日を閣議で正式に決定することにしています。

また政府は年明けにも菅官房長官を長とする委員会を設置し、天皇陛下の退位や皇太子さまの即位の儀式などについて具体的に検討を始める方向で調整を進めているほか、元号を改める改元に向けた検討も進める方針です。


有識者会議 御厨氏「新しい皇室像の検討加速を」

天皇陛下の退位に向けた政府の有識者会議で座長代理を務めた、御厨貴東京大学名誉教授は「天皇陛下が発せられ、1つの法律になったことが、三権の長と皇族代表が集まる皇室会議で決まるのは重みがあることだ。これが一つの節目になって、退位に向けた具体的な過程が進むだろう。国民にとっても平成という30年間の時代を考えるきっかけになる」と述べました。

また、有識者会議で行われた議論については「さまざまな意見があったが、天皇陛下が表明されたお気持ちを踏まえると相当スピードアップして対応する必要があると考え、一代限りの特例法が有力となった。結果として国会の議論も早くまとまり、このやり方でよかったと思う」と振り返りました。

そして、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に向けた準備については、「今の天皇陛下がこれまでどおりの務めを果たすのが難しくなり退位されるとはいえ、次の天皇陛下がすべての役割を負われるかどうかは別の問題だと思う。上皇、天皇、そして秋篠宮さまがなられる『皇嗣(こうし)』が並ぶ新しい皇室像をどう考えるか、政府と宮内庁は検討を急がなくてはならない」と指摘しました。


宮内庁では

宮内庁では1日も職員がふだんどおり出勤し、それぞれの業務に当たっています。
しかし、皇室会議が開かれた前後の時間帯には、職員も庁舎内での通行が一部で規制され、会議の様子を伝えるテレビの放送が始まると、緊張した面持ちで画面に見入っていました。

職員の1人は「天皇陛下の退位に向けたステップが進んだことを喜ばしく思います。儀式などの準備を急いで進めたい」と話していました。
また、別の職員は「まもなく84歳という高齢で公務に臨まれる姿には頭が下がる思いです。退位までの残りの日々が充実したものになるようお支えしていきたい」と話していました。

また、30代の男性職員は「平成の代替わりを経験していないだけに、緊張感が高まっています。過去の先例を調べながら、退位と即位に向けしっかりと準備していきたい」と話していました。


前侍従次長「私も安ど」

天皇陛下の退位の期日が固まったことを受けて、前の侍従次長で、長年、側近として天皇皇后両陛下を支えた佐藤正宏さんは「お気持ちの表明から1年3か月余りがたち、この間、国民の間で広く議論がなされ、ご譲位にまた一歩近づいたことは大変よかったし、私自身も安どしています」と話しました。
そして、「陛下は、天皇としての務めは途切れなく安定的に次の世代に継承することが重要だとお考えで、皇太子さまに引き継がれるまでの間は、これまでどおり全身全霊で務めを果たされると思います」と述べました。

そして、「これまで公務が大変忙しく、なかなかご自分たちの時間がおとりになれなかった」としたうえで、皇位継承後の両陛下の活動については、「例えば、天皇陛下にはご研究の時間をお持ちいただき、皇后さまにはお好きなピアノの演奏など文化的な活動を楽しんでいただきたい。それを支えるための態勢を整えていかなければならないと思います」と話しました。


ご学友「あまり無理せずに」

天皇陛下の退位の期日が固まったことを受けて、天皇陛下と学習院高等科まで同級生だった明石元紹さんは「お元気なうちにリタイアが決まるということは、同じ年の人間として大変よかったと思いますし、陛下も喜んでいらっしゃると思います」と話しました。
そして「この年でまだやることがあるというのは大変なことだ」としたうえで、退位までの日々について、「なさりたいことは精一杯やるべきとも思うが、あまりご無理をなさらず、退位の時期が来るのをお待ちになったほうがいいのではないか」と語りました。
また退位後の生活については、「ご趣味などで静かに過ごしていらっしゃりたいと思いますので、周囲があまり邪魔をしないようにしていただきたい」と語りました。


皇居前広場では

皇居前の広場で話を聞きました。
福岡県の女性は「皇室会議が行われるというニュースを見て皇居に来ました。ご高齢の天皇陛下には大変なご苦労があると思うので、日程が固まったことに一安心しています」と話していました。

また、千葉県の女性は「天皇陛下はこれまで国民のために尽くしてこられたので、退位してからはゆっくりとお過ごしいただきたいです」と話していました。

一方、埼玉県の男性は「陛下のお年を考えるともっと早い時期に退位できるようにしたほうがよかったのではないか」と話していました。


羽田空港では

羽田空港のロビーで話を聞きました。

北海道上川町の70歳の女性は「今の天皇陛下もお年を召してお疲れだと思うので退位することはいいことだと思いますが、昭和生まれなので3つ目の時代に入ると思うと改めて不思議な気がします。平成は東日本大震災などがあったので、次の時代は子どもたちが平和に暮らせる時代になってほしいです」と話していました。

また、熊本市の46歳の男性は「昭和はいろいろな面で日本が勢いづいていく時代でしたが、平成は逆に国際競争力が弱くなっていったという印象があるので、新しい元号は、日本の起死回生を願うものにしてもらいたいです」と話していました。

東京の24歳の女性は「平成生まれなのでこの時代が終わってしまうことにさみしさを感じます。天皇陛下の退位のニュースを聞いて平成が終わる前に結婚したいと思い、来年急いで結婚式をすることにしました。平成は自分が生まれて、成人して、就職して、結婚した濃い時代になりました」と話していました。

山口市の30歳の女性は「次の時代は想像できませんが、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されるので、明るい日本をイメージできる元号になってもらいたいと思います」と話していました。


JR新橋駅で号外

東京のJR新橋駅前では新聞の号外が配られました。

号外を受け取った50代の会社員の男性は「天皇陛下もお疲れだと思うのであと少しおつとめになって、ゆっくりされてほしいと思います。皇太子殿下とは同年代なので、しっかりと引き継がれ、頑張ってほしいです」と話していました。

40代の会社員の男性は「天皇陛下もご高齢で、体調の不安もお持ちとのことだったので、早めの退位も必要かと思います。次は景気のよくなるような元号を期待します」と話していました。

福岡の会社員の女性は「天皇陛下はもう少し早い退位をご希望だと思ったので時期が少し遅いと思いました。平成が終わるのは自分自身が昔の人間になってしまうような気がします」と話していました。

ことし入社した22歳の男性は「若い自分がおこがましいですが、天皇陛下には『お疲れさまです』と言いたいです。平成は技術が進化した時代でした。次の年号が気になりますが、外交問題がいろいろあるのでグローバルを連想させるものがいいです」と話していました。


阪神・淡路大震災の被災地 感謝と寂しさ

阪神・淡路大震災で被災し、天皇皇后両陛下から励ましの声をかけられた神戸市長田区の人からは、両陛下への感謝の気持ちや「寂しい」という声が聞かれました。

神戸市長田区の菅原地区は、平成7年の阪神・淡路大震災で商店街が焼けるなど大きな被害を受け、震災の2週間後、天皇皇后両陛下が訪れ、被災した住民に励ましの声をかけられました。
このとき皇后さまが皇居の庭から摘んできたスイセンの花束を焼け跡に手向けられ、これをきっかけにスイセンは復興のシンボルとなりました。
いま焼け跡は「すがはらすいせん公園」という名前の公園になり、住民の心の支えになっています。
営んでいた商店や自宅を震災で失った小畑泰枝さんは「商店や家が焼けてしまい、つらい思いをしましたが、両陛下のお姿や手向けられたスイセンを見て勇気づけられました。感謝の思いしかありません。退位の日程が固まりましたが、とても寂しいです。一方で、ゆっくり休んでいただきたいという思いもあり、複雑な気持ちで退位の日を迎えると思います」と話していました。

1歳の娘を連れて公園を訪れた近くに住む北原佳那さんは「高齢となり皇位を譲るのはしかたがないと思います。平成の時代は終わるけれども、忘れてはいけないこともあります。私の子どもも含めて、震災やこの時代に起きたことを伝えていきたい」と話していました。


陛下訪問の宮城 女川町 改めて感謝の声

去年、天皇皇后両陛下が訪れた宮城県女川町の商店街では改めて両陛下に感謝する声が聞かれました。

震災で父親が犠牲になったフラワーショップの店主、鈴木千秋さんは「『町の中心部にお花屋さんができるのは気持ちも明るくなりますね』とお声をかけていただきました。今も当時の写真を見ながら励まされる毎日です。たくさん元気をもらったので退位のあとは心穏やかに過ごしてほしいと思います」と話していました。

商店街でタイルの工房を営む阿部鳴美さんは「『女性が働ける場所を作ってくれてありがとう』という言葉をいただき、勇気づけられました。ご高齢で公務をされるのは難しいと思いますが、退位されたあとも被災地や国民の気持ちに寄り添って下さると思っています」と話していました。

手作りの小物店を営むアンディ・ギルバートさんは「退位される日付が決まり、さみしい思いもありますが感謝の気持ちでいっぱいです」と話していました。


視察受けた那須塩原の農家「次の時代も平和に」

ことし7月、天皇皇后両陛下が視察された栃木県那須塩原市の花の生産農家、常盤好一さん(65)は「年齢からも退位されることはよかったと思います。お二人は花に大変関心が深く、種類などを熱心にお尋ねになりました。天皇陛下に皇后陛下が手を添えて歩かれていたのが印象的でした」と振り返りました。
また「花の生産農家にとって平成は求められる花の種類も変わり激動の時代でしたが、一方で平和な時代でもありました。次の時代も平和で安定した社会になってほしいです」と話していました。


陛下に給仕した女性「美智子さまとゆっくり」

天皇陛下が昭和天皇の「玉音放送」を疎開先の栃木県日光市でお聞きになった建物が栃木県益子町に移設されていまも残っています。
昭和55年には天皇皇后両陛下がこの建物を訪れ、当時「玉音放送」を聞いた部屋で昼食をとられました。
その際、料理を出した塚本純子さん(84)は当時の様子について「天皇陛下が『私はここに6か月いました』と気さくにお話になられ大変驚きました。部屋を大変懐かしがられ、皇后陛下に思い出を話しながら部屋を案内されていました」と振り返りました。
天皇陛下の退位の期日が固まったことを受けて塚本さんは「天皇陛下は私と同じ年齢なのでお気持ちはよくわかります。美智子さまとゆっくり過ごしていただきたい」と話していました。


平成国際大「元号が変わるのは名残惜しい」

平成8年に開学した埼玉県加須市の「平成国際大学」では、「元号が変わるのは名残惜しい」などの声が聞かれました。

キャンパス内の食堂で皇室会議のニュースを見た3年の男子学生は「平成国際大学は『平成』という未来を切り開く大学との思いが込められているので、元号が変わることは名残惜しいです。天皇陛下が退位される再来年は社会人になるので、新たな気持ちで頑張りたい」と話していたほか、3年の女子学生は、「平成生まれなので、元号が変わることは一つの時代が終わり、寂しい気がします」と話していました。

平成国際大学総務課の藤井康子課長は「慶応や明治、大正、昭和といった元号を名にもつ大学はそれぞれ有名になっているので、歴史に名を残す大学として飛躍していきたい」と話していました。
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雅子さまご快復兆候 フラッシュ解禁、消えた「ご体調次第」

10/27(金) 16:00配信 NEWS ポストセブン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171027-00000009-pseven-soci

雅子さまに着実にご快復の兆候が

 10月20日、朝日新聞に《天皇陛下退位 2019年3月末》という大きな見出しが躍った。昨年8月の「お気持ち」表明を経て、今年6月に特例法が成立した陛下の退位の時期には、「2018年末」と、「2019年3月末」の2案が浮上していた。新年の儀式や、一般参賀といったイベントが立て込む年末年始に、新たな天皇の即位にまつわる儀式を同時並行するのは現実的ではないと、宮内庁内では意見がまとまりつつあるので、年度末の退位がより現実味を帯びているようだ。
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 もしも、そうなれば、2019年4月1日に皇太子さまが即位され、新たな元号に切り替わる。同時に「雅子皇后」が誕生する。2004年6月に「適応障害」の療養生活に入って以降、現在まで完全復帰には至っていないが、最近では「快復の証拠」ともいえるさまざまなポイントが浮かび上がってきた。
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◆禁止されなかった「フラッシュ撮影」
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 美智子さまの誕生日だった10月20日の夜、皇居では祝い膳が催された。皇太子さまと愛子さまとご一緒に、祝い膳に向かわれる雅子さまが皇居・半蔵門を通過されたのはすでに日が暮れた夕方6時半頃のことだった。
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「沿道には皇室ファンや偶然居合わせた人などがいました。カメラを手に取る人もいましたが、普段なら職員から“フラッシュはご遠慮ください”と注意があるところ、その日はなにもなかったんです」(皇室記者)
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 雅子さまはこれまで、フラッシュ撮影に苦手意識を持たれているといわれてきた。
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「以前、お忍びで都内の美術館を訪ねられたとき、お帰りの際、突然飛び出してきた人のフラッシュにさらされたことがあり、それがトラウマとなってしまったんです。一般のかたに限らず、報道陣にも同様です。とはいえ、皇后となれば式典などの機会も飛躍的に増え、注目もより集まります。いうなればその時に向けた予行演習なのでしょう」(皇室ジャーナリスト)
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◆文書から消えた「ご体調次第」の文言
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 ここ数年は多少の波はあったものの、着実に公務へのお出ましが増えている雅子さま。10月24日には高知県で開催された『全国農業担い手サミット』の開会式へのご臨席。この高知訪問のように、宿泊を伴うものも同様だ。


「報道陣に事前に配られる文書には、常に『ご体調次第』という言葉が付け加えられていました。体調の不安定さに加え、直前になって取りやめられると、お迎えする側の落胆を招いてしまうことにも配慮してのことだったのでしょう」(前出・皇室記者)
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 満足に公務が果たせないことへの批判を避ける意味合いもあったのかもしれない。それが最近になって、そんな“保険”のような文言がないケースも増えてきたという。
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「8月2日の『フローレンス・ナイチンゲール記章授与式』では、美智子さまや紀子さまのお名前に並んで、しっかりと雅子さまのお名前が記されていました。また、10月8日に来日したデンマーク皇太子夫妻の主催で12日に行われた晩餐会にも、当初から出席が発表されていました」(別の皇室記者)
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 それら2つは都内で行われたものだったが、地方へのお出ましでも同様だという。
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「11月上旬に、東日本大震災の被災地訪問が日帰りで予定されています。今回の高知訪問からあまり日があきませんが、“ご体調次第”の前置きはなく、皇太子さまとご一緒に足を運ばれる予定です」(前出・別の皇室記者)
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 退位まで1年を切れば、美智子さまが皇后として臨まれる「最後の」という枕詞がつく行事が増えることになる。前出のフローレンス・ナイチンゲール記章授与式は2年に1度行われるもの。したがって次回の開催時には、すでに美智子さまは皇后という立場にはいらっしゃらない。
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「皇后陛下を筆頭に、多くの妃殿下が出席されるイベントで、独特の緊張感に包まれています。雅子妃殿下も、大変神妙な面持ちでいらっしゃいました」(皇室ジャーナリストの山下晋司氏)
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 雅子さまの出席は、2003年以来、実に14年ぶりだった。
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「記章の授与は日本赤十字社の名誉総裁を務める皇后の役割で、次回その役を担えるのは雅子さまだけです。式典中、雅子さまは美智子さまの一挙手一投足を目に焼きつけるようにご覧になりました。美智子さまからのバトンをしっかりと受け継ぎたいというお気持ちが伝わってきました」(前出・皇室記者)
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撮影/雑誌協会代表取材
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※女性セブン2017年11月9日号


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